Q:相続放棄の熟慮期間の起算点はいつから?

Q:1年程前、疎遠になっていた父が死亡しました。母は既に亡くなっているので、相続人は子どもである私のみです。相続するものも特にないはずと相続放棄なども特にせず手続きもしていなかったのですが、つい最近、ある債権者から「父が債務の保証人になっている」として、私の下に返済の請求が来てしまいました。もう相続放棄もできないと思うので、観念して私が返済するしかないのでしょうか。

A:相続放棄ができる期間(熟慮期間)は、相続財産の全部または一部の存在を認識した時を起算点とするべきで、場合によっては相続放棄が認められる可能性があります。

相続放棄は、家庭裁判所に対し相続放棄の申述を申立て、受理されることで成立します。

なお、民法上では、「相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三か月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない」と規定されています。この三か月間を熟慮期間といい、この間に被相続人の財産や相続人の調査などを行い、相続するか、もしくは放棄するかなどの決断を行うことになります。

民法の条文上では、上記の通り「自己のために相続の開始があったことを知った時から」と規定されていますが、「相続の開始があったこと」というのは、通常で考えると「被相続人が死亡して、自分が相続権を持つ相続人となったこと」を知った時からと考えられます。

Qのケースにおいては、この方が、お父さんの死亡を当初に既に知っていたのであれば、通常そこからが起算点となります。お父さんが亡くなったことを知れば、子である自分が相続人になることを理解することは容易いと思いますしね。

ですが、一律「被相続人の死亡の事実を知った時から」としてしまうと、時に相続人にとって酷な結果を招いてしまいます。そこで、判例においては、相続人を保護する見地から、熟慮期間の起算点については弾力的な解釈がなされています。

相続人において相続開始の原因となる事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知った時から3か月以内に限定承認または相続放棄をしなかったのが、相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、このように信ずるについて相当な理由がある場合には、民法915条1項所定の期間は、相続人が相続財産の全部若しくは一部の存在を認識した時または通常これを認識しうべかりし時から起算するのが相当である。」
(最判第2小法廷昭和59年4月27日判決・判決要旨より抜粋)

相続財産が全く存在しないと信じたことについての相当な理由があったかどうかについては、被相続人の生活歴・被相続人と相続人との交際状況・その他諸般の事情から判断されるとしています。この場合においては、熟慮期間は弾力的に解釈され、相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時を起算点とすべきとしています。

では、実際の判例において、どのような事情が考慮されているかというと、

・相続人が被相続人と別居後その死亡に至るまで被相続人との間に全く交渉がなかったこと及び被相続人の資産や負債については全く知らされていなかったこと。
(広島高裁昭和63年10月28日決定)

・被相続人の生前から、被相続人名義の不動産の一切を長男が取得することで合意しており、自ら(別の相続人)が取得することとなる相続財産は存在しないものと考えていたこと。
(仙台高裁平成7年4月26日決定)

・被相続人に巨額の債務があったにも関わらず、相続人らが金融機関を訪れて債務の存在を訪ねた際、機関から「債務が存在しない」と誤った回答がなされ、それを信じて預貯金の払い戻し手続を行ったこと。
(高松高裁平成20年3月5日決定)

などがあります。

Qの場合においても、

・お父さんと疎遠になっており交流が全くなかったこと

・お父さんの生活状況が分からず、財産の存在は全くの不明だったこと

・よもや負債や保証債務があるとは思わなかった

といったことなどがあれば、熟慮期間の起算点について、保証債務があると知った時からとできる可能性があります。

ただし、原則は、被相続人の死亡を知り、自らが相続人であることを認識した時であるということは変わりません。ですから、相続すべきか相続しないべきかということを決定するために、被相続人の財産調査や遺産分割協議を行うことが重要であるということを忘れないようにしてください。

また、3ヶ月以内に結論が出ない場合には熟慮期間を伸ばすことも可能です。それ故、「財産調査を行っている途中だった」等の理由では、熟慮期間の起算点を変えることはできませんので、ご注意ください。

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